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2006年7月29日 (土)

スパムが止まりませんねえ

トラックバックスパムがずっと送られていますが、なんかロボットでなくて明確な意志を持って送られている感じがします。手加減されている感じだし。ココログのアクセス解析ではわからないレベルでココログとネットワーク技術に詳しい方なんでしょうね。ここの内容でもいろいろと間接的にご迷惑をかけてしまうことはあるかもしれず、そのへんは至らなくてすみません。
なおこのブログを読まれている方はパソコンに被害が及ぶ可能性がありますのでクリックしないようにしてください。私が加害者に偽装されてしまうこともありますし、私のマシンの中身のテキストなどが流出しているかもしれませんけどねえ、そういうことがあれば本当はきちんと対策をすべきなんでしょうが通信プロトコルとかセキュリティは難しいです、うーむ。

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少女マンガの名編集者が語ったその世界

7月23日のエントリで触れた森下文化センターの連続講義の先週の内容について、夏目房之介さんのブログでレポートがありました。とても貴重だと思います。丸山昭さんとのコンビで少女クラブの一時代を築いた新井善久さんにも触れられていて、新井さんにもお話を聞く機会があるといいんですが難しいでしょうか。二上洋一氏ご自身が集英社の名編集者であることも納得できました。

http://www.ringolab.com/note/natsume2/archives/004664.html

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2006年7月26日 (水)

今日の読売夕刊に高橋真琴の記事が載りました

今日発売の読売新聞夕刊、本・よみうり堂のコミック館のコーナーで、藤本由香里さんが先ほど復刊のあった伝説的少女まんが家である高橋真琴の作品を雑誌中心に調査した成果を書いて記事になりました。昭和33年(1958)に光文社の雑誌「少女」での初の連載「あらしをこえて」で、まんがにスタイル画が導入され、その後の少女まんがの独特と言われるスタイルに決定的な影響を与えた、というものです。

高橋真琴が少女まんがに大きな影響を与えたという話自体は昔から伝えられていたのですが、長い間実際にマンガ作品が読めないこともあり、はたしてその伝説の実際はどうなのか、という点について当時の少女雑誌を集中的に読み込むことで、明らかな変化があったということをつきとめたことになります。

自分も少女まんが雑誌を読み始めて以来、ときどきここでは実験が行われているんじゃないだろうか、と思うことがときどきありましたが、高橋真琴の実験がピークに達するのが「あらしをこえて」の前の号になる昭和32年12月号の「のろわれたコッペリア」であり、戦後少女雑誌の絵物語的レイアウトをまんがと融合させる試みが当時の他の作品と比較しても、あるいはその後の少女まんがと比較してもなお特異な印象を与えるものらしいのです。

当時のマンガ界は光文社の少年少女雑誌の天下で(その名もずばり「少年」と「少女」)、後に女性週刊誌の「週刊女性自身」を創刊する天才編集者と呼ばれた黒崎勇氏が「少女」の編集長でした。

ちなみに日本で最初の女性週刊誌は「週刊女性」で、今検索をかけたら電通の作った年表のページによれば驚くことに昭和32年に河出書房から創刊されていました。河出書房が倒産して主婦と生活社から復刊されて現在に至っているようですが、この時期に雑誌界に大きな変化が生じたことがうかがえます。

「女性自身」が創刊されたのが昭和33年12月ですが、「少女」という雑誌は当時非常に斬新なつくりであったことも藤本由香里さんやヤマダトモコさんが調査で実物を見て驚いたとの話を伝え聞いています。表紙を円形にくりぬいて中から次の見開きの一部が見えるとか、高橋真琴の作品で原稿の横幅をちょっと広くして、読むときに折り込みを開くと折り込みに隠れていた画面が現れる仕掛けのまんががあったらしいんですが、とにかくそういった工夫がゴージャスだったようなのです。

 

MACOTOのおひめさま Book MACOTOのおひめさま

著者:高橋 真琴
販売元:PARCO出版
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まんが家からデラックスマーガレットなどの表紙絵描きを経て今はこんな絵になっています。今でもこれ一筋という感じで、原画の瞳の星の配置が本当に星座のようになっています。瞳の星の変遷をたどる調査から高橋真琴が圧倒していたという感じで調査が進んだのでしょう。

ちなみに内藤ルネが付録などにイラストを描き始めるのも昭和33年頃から本格化しており、弥生美術館の学芸員である中村圭子さんが内藤ルネの本に労作である出版関連リストを作成し掲載していますが、それによると「少女クラブ」がお正月増刊で絵はがきに起用し、その後すぐ「少女」が付録を依頼しています。5月には少女ブックとりぼんがルネに依頼を開始し、高橋真琴と内藤ルネのブレイクがほぼ同時期であることがわかります。高橋真琴は書き込みに凝って遅筆のため「少女」の独占に近い状況でしたがほかの雑誌にも書いています。ちなみに日本で初めてのマンガ家と編集部との正式な専属契約は少女クラブとちばてつやとの間に交わされたもので、少女クラブの名編集者である丸山昭氏がはっきりと明言しておりますが、年を忘れてしまいました。「ママのバイオリン」の連載も昭和33年から始まっています。ちばてつやは人気作家として後に少年ものと掛け持ちしやがて少女まんがから離れますが今読んでも十分面白いもので、高橋真琴氏の今回復刻された作品も思ったよりしっかりしていて、その世界は大人っぽくさえあり、優れた資質を持っていたことがわかる面白いものでした。

 

内藤ルネ―少女たちのカリスマ・アーティスト Book 内藤ルネ―少女たちのカリスマ・アーティスト

著者:内藤 ルネ
販売元:河出書房新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

出版関連リストが載っている本はこちら。

ちなみに中原淳一とともに戦前一世を風靡した松本かつぢは昭和29年頃引退を宣言したそうで、戦前の大スターである蕗谷虹児が抒情画の依頼を失うのが昭和30年、大城のぼるが戦後少女向けに作品を書きながら筆を折るのが昭和31年頃と考えられますので、手塚治虫のインパクトが少女雑誌に及んだのがもしかすると関係あるのかもしれませんが、手塚の持っていない部分を追究したのが高橋真琴だったと言えるでしょう。大阪から東京に呼ぶために飛行機を使わせた作家は手塚と真琴だけだったと伝説になっています。

 

完全復刻版 パリ‐東京・さくら並木 Book 完全復刻版 パリ‐東京・さくら並木

著者:高橋 真琴
販売元:小学館クリエイティブ
Amazon.co.jpで詳細を確認する

二冊箱入りセットのため表紙が違いますので注意。 これは戦前の大物作家が筆を折っていく時期にあたる、雑誌に進出する前の貸本時代の作品で、初期作品は意外な側面を見せて、「さくら並木」は卓球マンガ(バレエまんが絵物語つき)としても面白いです。こんな作品があるとは!

戦後に独立して出版社を興し独自路線で少女文化に抜群の影響力を誇った(内藤ルネの師匠でもある)中原淳一を好んだという高橋真琴の画風には、蕗谷虹児の点描、玉猫のような独特の手法がはっきりと受け継がれでいます。松本かつぢからの流れとはやはりちょっと違うようです。

ちょっと遅くなりましたが週末に図書館でも記事が見られるのではないでしょうか。このへんの話はいろいろと書きたいのですが今回きちんとチェックしてないので誤りがあるかもしれません。今後手直しがあるかもしれませんのでお断りしておきます。

言うまでもないかと思いましたが、高橋真琴は今でも現役の絵描きとして活躍しています。

高橋真琴画集 愛のおくりもの Book 高橋真琴画集 愛のおくりもの

販売元:美術出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年7月23日 (日)

森下文化センターの連続講義がありますが

かつて夏目房之介さんのブログで紹介されていましたが、森下文化センターで 「編集者が語るマンガの世界」という連続講座をやっていて、残念ながら私はこれに気づかずにすでに定員締め切りになっています。森下文化センターはのらくろの展示などもあって一度行ってみたいところですが、有料の連続講座なので飛び入りはできないだろうなあ。マンガ史的に見てもすごいメンバーがそろったので残念。

今日23日はぶーけの編集などを手がけた倉持功さんで今回のメンバーの中でたぶん唯一知名度のない黒子に徹した方ですが、少年小説やミステリなどの研究書を二上洋一名義で出していてその方面で知られている方です。

といっても私が得た知識は「少女まんがの系譜」からのもので、伊藤剛さんの「テヅカ・イズ・デッド」でこの本は運悪く批判されてしまったんですが、私はぶーけ誌上で熱く語られる内田善美論とかも一応読んでいますから、本当はもっと語りたいこともあるだろうにというふうに感じていまして、それから大塚英志氏の少女まんが論があまりにもずさんで明らかに読みが足りないのは80年代に少女まんがを継続的に読んでいた人なら即座にわかるはずのことでしたから、彼の語るレベルで理解されるのはかなわんとずっと思ってきて(「イグアナの娘」論とかなんだかアプローチがあざとかったしなあ)いっそのこと自分で書こうかとまで思ったくらいで(でも読んでいる人の中でもいくえみ綾は紡木たくのパクリだなんて言われていてそれ違うだろという感じでしたから、きっとすでに単行本だけで読む人も多くわからなかったのかも)、二上氏にはいつかもう一度少女まんが論を書いて欲しいとも思うのですが、かくいう私もちゃんと再評価したいと思いながらもそれが困難なことはよくわかっていて、雑誌は同時に7冊くらい読んでいたものの長編を読み飛ばしたりしてあと白泉社系はみんな読んでいるから他の方にお任せと思っていたのでなおのこと自分でも全体像をつかんでいないことがわかっていて公正には書けないし、たたき台にしても書くのは作家に迷惑じゃないかと思いつつ結局十年以上経って何も書き物としてまとめていないのですから、せめてお話を聞く機会はつかみたかったので残念です。

少女まんがは特に会社ごとにかなり方針が違うので元集英社の少女雑誌編集者から話を聞けるのは本当に限られた機会になるでしょう。

「少女まんがの系譜」は版元がたしか倒産してすでに品切れ。少女まんがをあまり読んでない人にはたぶん読んでもイメージがつかめないでしょうがいまは米沢さんでさえ書かないくらいですから(やおいの位置づけが最大のネックで、当面はそこを見ないことにするしかないと思います。とりあえずはやおいまでの間が抜けているのが問題)資料としてはとりあえず読まねばならないレベルのものです。少女まんがをそれなりに日常的に読んでないと役に立たないでしょうが普通そういう人でないとこういう本は読まないし。

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とりあえず一度更新します

6月ごろに下書きしたまま公開していないページがあるのですが、ちょっと気負っていてあらためて書き直そうか、それなら急ぐこともないんじゃないかと思っています。

トラックバック対象記事では「子供の科学」を紹介していて、この雑誌は戦前からあって戦時下の軍国教育に何らかの役割をもっていたであろうと思われる ので、その頃がどういう誌面だったのかというのは研究対象として興味はあるのですが、例えば戦時下は自由だったなどというつもりはまったくないしそのよう な時世に過ごしたいとも思いません。私が親しんできたのは昭和40年代のラジオ系雑誌の入り口としての子供向け雑誌でありまして、21世紀にまだ生き残っ ていたのかと思って読んでみたら、なんと鉱石ラジオを作る記事が載っていてこりゃあすげえや、と思ったわけです。また紙飛行機がよく飛ぶんですね。

その鉱石ラジオの記事をいまよく覚えていないんですが、自分が子供の頃は秋葉原とかでパーツを買って作っていたわけで、バリコンとかもパーツ屋で買ったんですが、今どきバリコンなんて手に入らないような気もするし、そこでチューナー部分も全部自分で作っちゃうような記事になっていたはずです。それがすごいって思ったんですが読んだ雑誌がが見つからないのでちょっとどうすごいのか説明できないのが残念です。

これだけではもったいないので本を紹介。

 

表現したい人のためのマンガ入門 Book 表現したい人のためのマンガ入門

著者:しりあがり 寿
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


しりあがり寿さんがキリンビールに勤めながらマンガを描いていたのは有名な話で、私はマンガ好きでも仕事との両立がうまくいかないもので、尊敬してしまうのですが、この本をぱらぱらとめくっていて思わずひざをたたいたのは、マンガにおける記号化の定義をきわめて簡潔かつ明快に文章化しているところでした。つまり作者と読者の間にお約束を作ることによってマンガ表現というものが成り立っているわけで、そのお約束がなぜどのようにして成り立ってしまうのかということが、私の一番大きなマンガへの興味ということになります。

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